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忙しさで亡くした心を取り戻す儀式のようなもの

怒涛のように忙しい9月が今日で終わり!
オンでもオフでも予定していなかった出来事がたくさん起きて、ここ数年で一番忙しかったんじゃないかな、と思います。

久しぶりのnoteですが、昔から忙しい時期の終わりにやっている自分的な儀式(のようなもの)について書いてみようと思います。

忙しい時期の終わり、
私はあえて丁寧に食事を用意するようにしています。

高級なものでなくていいんです。
なるべく旬のモノを(旬のものは安価でもあります!) 使って。
普段はパックのまま食べちゃうようなものも
一つ一つお皿に並べます。

この作る作業、
そして盛りつける作業、に
あえて時間をかけるということが重要だと思っています。

この時間が忘れていた“間”のようなものを作り出してくれます。
この“間”に私は今使っている材料を作ってくれた人や風景を想像します。

今日は新米だったので、金の穂が並んだ風景や、お米を育ててくれている人々の顔を思い浮かべました。

そうすると自分の出来ないことをやってくださってる方々に自然と感謝の気持ちがわいてくるし、本当に人間って1人じゃ生きていけないなって思い知らされます。

忙しいと言う字は心を亡くすと書きますが、まさに忙しいとこういう当たり前の感謝を忘れてしまうので、この儀式を通じて少しずつ埋めていきます。

私はクリエイティブ(想像力を使う)な仕事をもう長いことやらせていただいてて常々言ってるんですけど

想像=思いやり

なんです。

一生会うこともない誰かがどこかで幸せになる事を願って創るのが我々の仕事であって、自己実現や自己表現のためではありません。

あくまで私は私の与えられた役割に従ってこの仕事をしているだけだし、その役割ってこの世に生きてる人みんなにそれぞれあります。

この年齢になってくると、多くの人からキャリアに関する相談を受けたりしますが、みんなそういう基本的な事を忘れがちのように思います。

目立たない事であったとしても、必ず人は人の役に立ってます。

今年の新米も美味しかったです!
農家のみなさま、美味しいお米を作ってくれて本当にありがとうございます!

ちなみに銘柄はコシヒカリでした。
ごちそうさまでした♫

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UX / UIデザイナー、オオカワマリのnote。 IT&テクノロジー情報やマーケティングに関する話題を更新します。
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